1.現在ただ今の日本の基本構造は、バブルが崩壊して民間活力が削がれた分を、国が財政出動で支えているのです。毎秒数十万円単位で、借金が増えているのです。かつては世界の優等生と言われた日本ですが、バブル崩壊後に財政赤字は一挙に膨らんで、先進国中で最悪の借金国家になってしまいました。
2.「ワニの口」という言葉をご存知ですか。
私の官房長官時代の有能な秘書官だった財務省の矢野康治君が作った、わが国の借金体質を示す、実に卓抜な比喩であります。ワニが口を開いている図をイメージしてください。その上あごと下あごは、先に行けば行くほど差が大きくなります。上あごが歳出(支出)で下あごは歳入(税収)ですが、困ったことにこの日本ワニは、下あごはそのままで上あごがどんどん開いて行っているのです。
上あごである社会保障、福祉、公共事業、教育、防衛、公務員の給料、国債の償還等、政府の支出は年々増える一方で、下あごの税収はあまり増えていません。ワニの上あごを支えているのは、国民からの借金です。つまるところ国債とは、国民からの借金なのですが、その国民とは子どもたちやこれから生まれてくる日本人なのです。この人たちには、まず選挙権がありません。選挙権もない将来世代から、現世代がどんどん食い扶持を奪っているのが、今の日本の姿なのです。

3.ワニの口は、いつまでも開いてはいられません。いずれ上あごが、どしんと下に落ちる時が来る。その鋭い歯で食いちぎられるのは、将来の日本人です。自らの責任でもないのに、人生のスタートから国家財政が破綻しているという不幸。大宴会のツケを子どもたちに押し付けてはならない、そう私は思います。
「最近の子どもたちには夢がない」なんて言う大人がいますが、大人たちが楽しく飲み食いしたツケを払わなければならないとしたら、大人が夢を奪っていることになるのではありませんか。
4.さてそのために何をすべきか。
上あごの負担を減らし、下あごをアップする。
出ずるを減らし、入るを増やす。家庭でも会社でもやっていることです。それ以外に手はありません。国債に係る費用を除いて、少なくとも毎年の出と入りを同じにしよう、それなら借金の拡大は減る。これをプライマリーバランスの均衡と言います。
昨年9月のリーマンショックまでは、財政赤字も改善され始めていたのです。
ところがアメリカ経済が「百年に一度」と言う経済危機で、改善のスピードは遅くなりました。景気を冷やせば、当然のこと税収は減りますから、下あごが上がらなくなってしまいます。麻生総理は、そのために大型予算を組んで景気を維持すべく、断固たる態度を取りました。「赤字は減ったが、国民生活はボロボロ」では本末転倒です。それを非難するのは簡単ですが、生活の安心、雇用の確保は優先課題ですし、経済の拡大は当然の施策でしょう。
5.それにしても重い上あごを減らすには、今後の日本の方向を見据えた上での「選択と集中」が必要になります。下あごを上向かせるためには、消費税の論議が必須です。
4年間は消費税の論議をしないとか、無駄な出費を省いて17兆円の財源を絞り出すとか、
民主党が日本の財政危機に本気で向かい合っているとは思えません。そもそも、社会主義政策に立ち戻ろうとする大きな政府志向で、労働組合に支えられている民主党が、公務員削減を一つ取ってもほんとうに出来るのか。私には不可能と思えます。
6.4年前に、私は『保守の論理』(PHP研究所)という書籍を出版しました。その中で私は、保守主義についてこう書きました。
「私の言う保守主義とは、そんなに難しいことではありません。いま私たちが立っているところからしか、すべては始まらないと考え、行動するという意味です。すなわち、私がここにいるためには両親がおり、その両親にはそれぞれに両親がいた。そのまた両親には両親が、そのまた両親には……と遡っていって、一度も途切れたことがない。どこかで途切れていれば、私は存在しない。この先祖のたゆまない努力のおかげで、いまここに私がある。……であればこそ、私たちには次の世代を育てる義務がある。私たちは未来のみならず過去にも義務を負っているのです。私たちは終わりの無いリレーの第何番目かの走者である。前の走者から受け継いだバトンを、改良、改善して次の走者に手渡してゆく」。
ワニの口の上あごを必要最小限にし、下あごを増やして、次世代により良い日本をバトンタッチする。これがわれわれの使命でしょう。
7.平成の20年間は、バブルの崩壊、少子高齢化、グローバル化、さらに欧米バブルの崩壊等で、日本の財政状況は悪化しました。このまま放置すれば、ワニの口が落ちて、財政破綻を来します。私たちは新しい日本の姿を目指さねばなりません。それはアメリカ発のグローバル化でも、単に内向きの縮小均衡でもありません。医療や環境、教育を中心とする新しい産業を育てつつ、家庭や地域の共同体をもう一度復活させることです。
新たなる温故知新の国家像の構築と財政再建の議論は切っても切り離せないものなのです。
(次回に続く)