すべては我が国の国益にあり
 8月15日の終戦記念日を色々な思いをもって過ごしました。戦後60周年という大きな節目の年に当たり、日本外交について考えたことを述べたいと思います。昨年9月27日に着任してから10か月半、私は一貫して「凛として志の高い外交」を目指してまいりました。我が国の「国益」の増大を基本に据え、はっきりとものを言う、主張すべきを主張することこそ、私の外交姿勢の大黒柱であります。この私の外交姿勢が、どれほどの国民の共感を得ているか心配になりますが、繰り返せば、我が外交の基本は「日本の国益」にありという姿勢を変えることはあり得ません。これから安保理改革や日中関係など、我が国の大きな政策課題に触れながら、「町村外交」の基本的な考え方をお話ししたいと思います。


 国連改革の手をゆるめてはならない
 まず安保理改革についてですが、小泉政権は、これまで2年間にわたりこの問題に取り組んできました。常任理事国となるべくドイツ、インド、ブラジルと共にG4を結成して運動を行い、現時点において、G4改革案を国連総会で可決するために必要な「国連加盟国の3分の2(128か国)の支持」を得られるかどうかという微妙なところまでこぎ着けました。改革への道が困難であることは、日本国内の例を見ても分かることですが、改革の手をゆるめてはなりません。
 「戦争によって確定された秩序は、戦争によってしか変更することはできない」というのが有史以来、外交の常識です。しかし、我が国がそのような手段を用いようと考えたことは、戦後一度もありません。あくまでも平和裡に行なおうというのが、日本の考え方です。むろん、常任理事国に入ろうという日本の努力が、簡単に報われると楽観したことも一度もありません。また「常任理事国は皆に押されてなるもので、自ら手を挙げるようなものではない」という意見がありますが、とんでもない見当違い。「道は自ら切り拓く」が、私の考え方です。


 日本の戦後の歩みは世界から圧倒的に支持されている
 確かに困難な課題ではあります。しかしここまで来られたのは、G4の中でも、特に我が日本に対する国際社会の圧倒的支持が原動力になっている事実をご存知でしょうか。終戦記念日の総理大臣談話にあるとおり、日本は「痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」に立って、戦後60年一貫して平和国家としての道を歩んできました。世界の平和と安定のために持てる国力を最大限投入して、国連予算の 20%負担等、国連の活動に積極的に協力してきています。また、ODAや更に近年の人的貢献により、国際社会に多大な貢献を行ってきているのです。こうした「愚直なまでの努力」を営々と積み重ねてきた日本を世界はしっかりと見て、日本が国際社会のために一層大きく貢献し得る立場となることを強く支持してくれています。
 そもそも国際社会においては、「ある国の発言力の増大は他の国の発言力の減少につながる」というゼロサム・ゲームの面があります。嫉妬渦巻くこの国際社会において、日本に対してこれだけの支持が得られていることは、戦後の日本と共に成長してきた人間として強く感銘を受けるものです。日本と日本人について、「もっと自信を持とう!」と呼びかけずにはいられません。


 日本の常任理事国入りは世界の大義に通ずる
 現状変更勢力の盟友たるアフリカ諸国が、G4案よりももっと急進的な改革案を標榜してG4と同一歩調を取れずにいることから、このままではG4案について3分の2の多数を得ることは難しいようです。次の一手をどうしたものか難しい判断を迫られていますが、私はこの国際社会の支持に支えられ、日本が常任理事国となる資格があることを引き続き堂々と主張していくつもりです。
 これまで、ともすれば遠慮がちであった日本が、満を持して旗を揚げたのです。「日本の国益」であるのみならず「世界の大義」であるとの確信に基づくからにほかなりません。この旗を降ろすことはあり得ません。
 冷静に現状を分析すれば、新常任理事国に拒否権を要求するかどうかという点を除けば、国連加盟国の3分の2を遙かに超える国々が常任理事国の拡大を含む安全保障理事会の改革を求めているのであり、改革がこのまま頓挫していいわけがありません。国連の現状維持を図ろうとする「守旧派」の力もなお強く、改革の行方は予断を許しませんが、たとえこれから少々長丁場になろうとも、また、すぐに100点満点は取れなくても、一歩ずつ前進が続けられるよう知恵を絞っていきたい考えです。オール・オア・ナッシングの賭けに出る必要はありません。


 中国の反対行動は必ずしも評価を受けてはいない
 安保理改革の話をすれば必ず訊かれるのが、中国の動きです。中国は、国連改革は加盟国のコンセンサスによって行うべきであるのに、「G4はその強硬な姿勢により国連を賛成派と反対派に分断している」などと言って反対を表明しています。どちらが強硬なのか分かりませんが、どうも世界中で関係国に対する働きかけを行っているようです。歴史を直視しない国に常任理事国の資格はないといった議論も展開しているらしい。
 しかし、率直に言って、この中国の動きはその派手さほどには効果がないようです。むしろ、他の途上国からは、「それでは途上国の中で自分だけ常任理事国でいたいのか」という目で見られ信頼を失っているのではないかという見方もあると聞いています。
 アジア諸国については、G4はアジア諸国からの支持が得られていないというイメージがどうも広がっているようですが、そんなことはありません。確かに共同提案国は少ないし、それは中国の圧力のせいかもしれませんが、各国の対中配慮は実はそこまでで、大多数の国はG4案が採決に付されれば支持するでしょう。「ステルス作戦」を採る国も相当数あって、「必ずG4案を支持するが、投票当日までは公表しないでくれ」というところもあります。票読みはいつの選挙においても「秘中の秘」でありますので、これ以上の詳細は明らかにできませんが、中国の国際社会における影響力は、まだそれほど決定的なものではないというのが率直な印象です。
 ただし、採決に当たって、我が国と長年にわたって友好関係を維持した国が、万が一反対票を投じたり棄権に回ったりすることがあれば、いったいなぜそうした行動を取るのか、その背景や事情をよく調べねばなりませんが。


 米国の態度を中国と一緒くたにしてはならない
 G4の改革案に、米国もまたブレーキをかけています。このことが多くの人々の疑問と心配を招いてもいます。私も、もう少しライス国務長官に柔軟に考えてもらえないかと思い、ずいぶん一所懸命に働きかけを行ってきました。米国は、安保理の効率的な運営のためには、現在15カ国の理事国数を一挙に25〜26に増やすような案には賛成できないし、また、改革を進めるタイミングについても、安保理改革のみが他の幅広い国連改革から突出することも困るとして、プロセスをスローダウンして欲しいと言っています。
 しかし、私は、ライス長官と何度もこの問題について話し合ううちに、確かにG4決議案には反対だが、“日本の常任理事国入りを強く支持する”という米国の意見は、決してリップサービスではないと感じています。むしろ、何とか実現を図るために具体的に作業をしていく用意があるという姿勢に、心強さを感じるようになっています。
 この米国の姿勢を引き出したのは、まぎれもなく小泉・ブッシュの特別な関係をはじめとする日米両政府間の人的な信頼関係であり、50年にわたり営々と築いてきた日米関係の総体です。また国際社会において圧倒的多数の国が、日本の常任理事国入りを支持しているという現実も後押ししてくれていると思います。
 すでに述べたとおり、今すぐに100点満点でなくても、なんとか及第点のつく改革を実現するために知恵を絞っていきたい。そのために私は、米国政府ともっと密接に協議していこうと考えております。
 以上のように、米国の立場は中国の立場とは全く異なります。米国自身、中国と一緒になって改革を妨害しているという「間違ったイメージ」が広がることは、非常に不本意でしょう。私は、今後協議を通じて、最大限に前向きなアクションを引き出していきたいと思います。日米両国は、このような困難を直視し克服することを通じ、より一層「強靱な、頼りになる友人関係」を構築できると信じています。


 日中関係、ほんとうに最悪なのか
 最近の中国との軋轢は、安保理に限らず非常に大きな問題です。対中関係は史上最悪の水準などとも言われ、「小泉内閣はアジア外交を壊した」という論評も目にします。しかし、そのような見方は不正確で、大騒ぎすることはあまりに自虐的で我が国の国益に反します。
 まず第一に、現実の日中関係はそんなに悪いのかということを冷静に見る必要があります。中国側は「政治のみならず、経済も冷却化しますよ」という意味を込めて「政冷経熱」と言っているようですが、経済関係はかつてないほどに緊密化し相互依存が高まっています。平成16年度の貿易額を見ると、香港を含む中国との間の輸出入合計は約2050億ドル。一方、日米間の貿易総額は約1890億ドルで、日中貿易が初めて日米貿易を凌駕している。日中双方が互いにとって欠くべからざるパートナーであることが一目瞭然です(同年の米中貿易は約1700億ドル)。
 人的交流を見ても、年間400万人が両国を往来しており、わずか15年前の往来数が50万人にも満たなかったことを考えると、隔世の感があります。しかも、実は政治面でも様々な分野で協力が進められているのです。たとえば、東アジア共同体の構築を将来の目標に据えてのASEAN等との協調。北朝鮮問題に関する六者協議に際して、中国が議長国として払っている外交努力は並々ならぬものがあり、アジアにおける平和と安定のために積極的役割を果たすという姿勢を、私は評価しています。今後、国際政治の舞台で両国の協調が図られていくことが、大いに期待されます。8月15日の小泉総理の談話においても、「中国や韓国をはじめとするアジア諸国とは、ともに手を携えてこの地域の平和を維持し、発展を目指す」決意が表明されたことは大切なポイントです。


 「主張すべきは主張する」が日中の未来を開く
 逆説的に聞こえるかもしれませんが、日中関係を「壊した」と言うとすれば、それなら果たして小泉内閣以前において、そんなに輝かしい日中関係があったのか。確かに1972年の国交正常化に際して、日本国民は中国の寛大さを評価しました。やや大げさに言えば、日本側においてもこれに応えようと、「日中友好」を国是として精一杯努力してきました。
 しかしながら、冷戦終了という国際環境の変化等もあり、日中双方の善意は風化し、最近日本国内では、「政府は中国に言うべきことを言っていない。一体いつまで多額のODAを供与するのか」といった不満が積もっていることは事実でしょう。仮に表面上、両国首脳がにこやかに友好関係を讃え合ったとしても、実は言いたいことも言えず、国民の不満を増大させながらなんとか維持しているだけの関係だとすれば、そのような関係は長続きしない。
 日中関係を「壊した」という言い方の裏側には、日本側に非があるという含意があるように思われますが、本当にそうなのか。
 私が外務大臣に着任してからも実に色々な出来事がありました。そのたびに日中関係の対立と緊張が論じられています。しかし、潜水艦が我が国の領海侵犯をすれば国際法違反を追及して謝罪を求めることは当然ですし、李登輝元台湾総統の日本への私的旅行を止めることなど出来る筈がない。北京・上海の日本大使館等への破壊行為について、謝罪や補償を求めることは、独立国家として当然のことであって、日中関係の対立と緊張を高めることとは無関係です。
 また、中台間の問題は平和的に解決されるべきであり、日本の同盟国たる米国と共に主張することを自粛すべき理由はありません。東シナ海で一方的に資源開発を進める中国に対して協議を求めつつ、日本は国際法に従って中間線のこちら側で試掘権を設定する。こうした主張を行うに当たって、私は一度も感情的になったこともないし、また国民感情を煽ったこともない。我が国として、当然すべき主張をきちんと行い、一方日中関係の改善にも努めてきたつもりです。我々がいがみ合う必要は全くないからです。
 こうした一つ一つの事案とは別に、総理の靖国参拝こそが「諸悪の根元」だとする説もあります。現に中国側はそうしたシグナルを送ってきているようです。しかし、この問題の根底には日中の死生観の違いが横たわっていることもあり、意見が100%一致しなければ日中関係は全部ダメ、首脳の相互訪問は行わないというような態度は生産的でありません。日本人は、他から言われるからではなく、この問題を含め戦中戦後の日本のあり方につき率直かつ多彩な議論をする必要があり、これを抑圧するがごとき態度を取ることは間違いです。


 平和国家60年こそ世界戦略の基礎
 非常に気になるのですが、安保理常任理事国入りするという目標を立てたのなら、中国を刺激してはならないと言う人がいます。そうでしょうか。安保理に入るためだとして中国の国際法違反に目をつむったり、言うべきことを半分しか言わなかったりすることで、日本国民の支持、いや世界の支持を得ることができるのでしょうか。また、そのように筋を曲げることが「戦略」なのでしょうか。
 日本の戦略とは、平和国家の道を60年間歩き続けた世界に誇る事実に基づいて、国際社会の支持を得、そうした日本だからこそ得ることが出来る地位を正々堂々と求めることであると信じます。中国との関係においても、これまでのような妙な遠慮をせず、誠心誠意我が国の正当な主張を行い、正しく議論を行うべきです。中国にも心ある人はたくさんいます。中国が日本の常任理事国入りに反対することのないよう、私はさらに努力を続けて行きたいと思っています。
 小泉政権はやりすぎだなどとしてこうした考えを修正し、中国を刺激しないことのみをモットーにした外交は、「やはり歴史カードは有効だ」、「日本くみしやすし」との誤ったメッセージを送ることになりかねないと思います。


 私は、外務大臣になる遙か前から日中関係の重要性を想い、日中友好議連で精力的に活動してきています。97年の4月からは同議連の幹事長を、そして引き続き昨年2月からは副会長を務めています。日本と中国は引っ越しのできない隣国です。日本史の授業を思い出してください。「日本の歴史は中国との交流の歴史である」と言っても過言ではありません。激動する国際政治にあって、これほど緊密な関係にある日中両国はない。両国民が相携えて協力してこそ双方が繁栄し、アジアひいては世界の平和と安定に資することができるのです。
 今は難しい調整の時期であり、率直な議論と心のゆとりを持って次の局面を切り開くことが双方に問われている時期です。国民一人一人の課題でもありますが、政治家も腹を決めるときと私は考えています。